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高校2年冬:学校にて(1)
 アシュタロス事件から数ヶ月。横島忠夫は、3年次への進級が仮決定した。
 もともと横島の出席率はそれほど良い方ではない。ゴーストスイーパーの助手という一般的には極めて珍しいアルバイトをしている横島は、仕事のハードさと時給の低さから、欠席はもちろんのこと遅刻早退も多かった。そのため、定期考査の結果もさほど良い方ではない。しかし、それでもアシュタロス事件に巻き込まれるまでは、かろうじて留年規定をクリアしていた。
 ところが、アシュタロス事件に巻き込まれたことで横島の欠席日数は留年規定を大きく上回ってしまったのである。挙げ句、定期考査を受けることすら叶わなかった。そのため、本来ならば問答無用で留年が決定する。
 しかし、アシュタロス事件が世界規模の大規模霊障事件であったこと、その解決に横島が大きな役割を果たしたことが評価され、特例として留年規定の除外が許可された。その決定にはもちろん政府が関与しているが、その影には、アシュタロス事件の総指揮を執った美神美智恵の口利きが大きい。
 これは、横島の同級生であるピートことピエトロ・ド・ブラドー、タイガーことタイガー寅吉もまた同じであった。彼等も、アシュタロス事件の影響で欠席を余儀なくされていた。そして彼等もまた、アシュタロス事件を解決するのに大きな役割を果たしていた。
 ただし、すんなりと留年規定が除外されたわけではない。物事には何事にも交換条件というものがある。

「おお……やっと終わった……」
「終わりましたね……」
「終わったですのジャー……」
 3人はシャープペンシルを投げ出し、そのまま机に倒れ込む。
 全ての気力を使い果たしたのだろうか、机に突っ伏したまま顔すら上げようとしない。
「お疲れ様。これで無事に進級できるねっ」
 3人の隣でくすくす笑うのは、クラスメートの愛子。
「留年目前のクラスメートのため、課題を一緒に勉強する。ああ、これは青春だわ」
 長く美しい黒髪を持つ少女は机に腰をかけると、両手を胸の前で合わせる。その仕草はとてもかわいらしいものだと、横島は思う。かわいらしいと思うのだが。
「あの瞳に宿った光が怖いと思うのは、気のせいだろうか」
 疲れた表情を見せながら横島はぼそっとつぶやく。
「そうですね。それに」
 横島のつぶやきを聞いたのだろう、愛子に視線を送りながらピートが応える。
「気のせいではないと思いますよ」
 そう、「青春だわっ!」が口癖の少女が見ているのは、ここではないどこか。教室の天井ではなく、窓の外に広がる風景でもなく、空でもなく、おそらくは異次元。
「でも、愛子さんのおかげで課題が全部終わりましたけんのー」
 いち早く回復したらしいタイガーが、大きく伸びをしながら言う。タイガーは小笠原除霊事務所で前衛を務め、当人も優れた精神感応者であり、虎人の血をも引いている。生来の頑丈さに加え、精神感応を自らにかけるという裏技により、タイガーは3人の中ではもっとも肉体的精神的回復力が高い。

「確かに愛子さんがいなかったら、課題がこんなに早くは終わらなかったでしょうね」
 つまりは、そういうことであった。
 欠席を不問とする代わりに学校側が出した条件は3つ。すなわち、3学期の無遅刻無欠席無早退であり、2年次学年末試験の赤点不可であり、欠席を補うための大量の特別課題であった。
 そのうち特別課題は、愛子の手伝いもあって予定よりも早く終わらせることとした。愛子の能力を借りたのだ。
 愛子は机の九十九神であり、学校妖怪である。机の中は閉じられた空間となっており、時間の進み方が“外”と違っている。しかも時間の進ませ方は、愛子の任意なのだ。つまりは、愛子の“中”は時間という概念から解放されているといっても過言ではない。3人はその能力を借りた。つまり、愛子の“中”に大量の課題を持ち込み、その中で一気に課題を終わらしたのである。
 課題を終わらせるのにかかった時間は、体感的には何日分もの時間であるにもかかわらず、外界的にはわずか数日でしかない。時間が無関係である以上、わずか1日で全ての課題を終わらせることも可能であったが、教師受けの問題と体力的な問題とがあるため、日数をかけている。ちなみに放課後を課題に充てる時間としている。
 また人は、愛子に教師役をも頼んだ。ほとんど学校に来ていない以上、課題の中身を理解しようがなかった。そのため、優秀な教師役が必要であった。学校妖怪である愛子は全国でもトップクラスの優等生であり、また教師としても優秀だった。
 何はともあれ、3人は課題を終わらせた。そして無遅刻無欠席無早退は、今の3人にとってそれほど難しいものではない。何せ、
「最近は悪霊も減りましたからねぇ」
「美神さんなんか禁断症状起こしてるぞ」
という状況である。
 3人はゴーストスイーパーの助手という極めて珍しいアルバイトに就いてる。ゴーストスイーパーとはその名の通り“幽霊掃除人”であり、悪霊やら自縛霊やらを祓うのが仕事である。しかしアシュタロス事件後、悪霊の発生が途絶えた。むろん皆無というわけではないのだが、それとて3人の雇い主が出張るほどではない。3人の雇い主はゴーストスイーパーとしては超一流であり、依頼難度も依頼料も並のゴーストスイーパーとは桁違いである。その超一流が出張るほどの除霊依頼は、現在は皆無に等しかった。そうである以上、助手としての仕事もない。
 つまり現在は、3人とも学生の本分を果たせる状況にある。さらに言えば、規則正しい生活を送れる状況にある。故に、赤点対策が事実上最後の関門であった。
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