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高校2年冬:回想(2)
 令子から示された独立の二文字。予想もしなかった言葉。だからこそ横島は考える。
 今のところ事務所を辞める気はさらさらない。さらさらないが、いつまでも時給255円でいる気もない。お金は、あるのならそれに越したことはないということを、横島は骨身にしみてわかっている。
 しかも、令子の言葉をそのまま信じるのならば、今回が一人前のゴーストスイーパーになれる最後のチャンスとなる。そのチャンスを逃す手はない。
 令子の出した言葉は、紛れもなくひとつの選択肢だった。
 ひとしきり考えた後、横島は決断する。
「美神さん、よろしくお願いします」
 頭を下げる横島を見て、令子は満足そうにうなずいた。

 横島が決めてしまえば、あとは話が早い。今年8月分の審査に合わせることが決まったのである。こういう面倒くさいことはとっとと終わらすに限るというのが、令子の信条である。
 令子は所長席の引き出しから一通の封筒を取り出すと、横島に渡した。
「美神さん、これは……?」
 横島が受け取った封筒はそこそこの厚みがった。そして表側にはGS協会の名前と住所が印刷されていた。
「申請書類よ。その中に必要な書類が全部入っているから。欠けている書類は無いと思うけど、念のため確かめておきなさい」
「わかりました」
 そう言うと横島は、応接セットのテーブルに封筒の中身を広げる。 封筒の中には申請の手引きが書かれた冊子、GS協会指定の申請書類が数通入っていた。
 横島は冊子に軽く目を通し、書類の漏れが無いことを確認する。
「大丈夫みたいですね」
 横島は冊子などを封筒に収めながら令子に言う。
「そのようね。家に戻ったら一度読んでおきなさい。それともう一度いうけど、期日までに必要な書類をちゃんと揃えておきなさいよ」
 令子の言葉に横島は冊子に書かれていた内容を思い出す。
「取り敢えず役所に行って戸籍謄本と住民票を貰ってくる、と。提出前3ヶ月以内のものだから……」
 横島は指を折って計算する。
「安全を取って6月下旬頃の日付なら大丈夫ですね」
「履歴書とかの写真も忘れちゃだめよ。これも3ヶ月以内」
「面倒くさいですねぇ……」
「曲がりなりにも公的書類だからね。この辺はどうしても杓子定規にならざる得ないのよ」
 横島の言葉に令子は苦笑する。
「それと、ご両親にもきちんとお話をしておいて。あんたまだ未成年なんだからね、親権者の同意も必要なの」
 それが一番の難問だとばかりに、横島はため息をついた。

 知識についても、それほど難しい問題ではなかった。難しいのは知識を得ることであって、知識を得るための場を設けることではない。そして場自体は簡単に得られるのだ。つまりは、事務所にある資料を使えばいいのである。
 もっとも、事務所に置いてある本は、非常に高度な専門書であり、資料であった。であるからして。
「わかってはいたけど、もしかしたら私が悪いのだろうけど、それでもねぇ……」
 知識に偏りがありすぎる。それが今の横島だった。
 そのため、資料室から出てきた令子は頭を抱える。その隣で横島は申し訳なさそうな笑みを浮かべるのみだった。
 横島は決して頭の悪い方ではない。だからと言って、高度な資料をすぐに読みこなせるわけではない。高度な資料を読むためには、それなりに要求される知識水準がある。
 除霊事務所は実践の場である。得られるのは実践するための知識であって、除霊の前提となる基礎的な知識を得る場ではない。結果として基礎的な知識が身に付くことはあるが、それはあくまでも結果論でしかない。本来は、ある程度の知識があることが、ゴーストスイーパー助手になるための条件でもある。
 そのため、本来ならば令子が横島の知識不足を悔やむ必要はない。必要な知識を得ようとしてこなかった横島の責任でしかない。だが横島が独立する以上、そうは言ってられなかった。
「知識の向上が当面の課題ね。とにかく、本を読みなさい」
 横島は本を読むのはあまり好きではない。だが、それが必要である以上、そうは言っていられない。だがしかし。
「何の本を読んだらいいのかさっぱり、なんですが……」
「そんなことはわかってるわ。だからこれ」
 令子が所長席の引き出しから一通の封筒を取り出すと、横島に渡した。白い紙のそれには、蝋印による呪的な封が施されている。
「何ですか?」
「紹介状よ」
「紹介状、ですか……」
 そう言いながら封筒を眺めていた横島は、宛書きに目をとめる。
「六道冥華……って、冥子ちゃんのお母さんですか?」
「そうよ」
「なぜ冥子ちゃんの所に?」
 事情がよくわからないという表情を見せる横島に、令子はやや呆れた視線を向ける。
「正確には、六道女学院に、よ。あそこの図書館に通いなさい。あんた向けの本もいっぱいあるから。霊能科にだって、あんたみたいに必ずしもゴーストスイーパーを家業としてこなかった生徒もそれなりにいるのよ。そういう生徒のためにも、基礎的な本が置いてあるの」
 六道女学院。幼稚舎から大学院までの女子教育機関でり、高等部には全国でも珍しい霊能科が設置されている。そして六道女学院高等部霊能科は、日本のゴーストスイーパーの約3割を輩出していた。
 教育課程として霊能科を設置している関係上、六道女学院の図書館には霊能に関する書籍・資料も多く収蔵されており、中には発禁レベルのものもあると言われている。
「第一、何の本を読めばいいのかわからないでしょう?」
 横島はうなずく。確かに、横島はどんな本を読めばいいのかさっぱりわからなかった。
「あんたが免許とった後に六道のおばさまには頼んでいたのよ。いつかあんたが六道の図書館を使えるようにってね。それと、六道で使っている教科書とかも手に入れられるようにもね。おばさまには借りを作ることになるけど、しかたないわね」
 渋そうな口調でそう言うと令子は横島に詰め寄り、胸ぐらを掴み上げる。
「わかっていると思うけど、いつぞやみたいなことはしちゃダメよ。したら……」
 右手に持った神通棍が令子の霊圧にまけて鞭状に変化する。しかも令子の身体全体が、まるで放電しているかのように光り出す。
「あんたを原子レベルまで分解して、二度と再生できないようにしてやるわ……」
 地獄の底から響くような声に思わず横島は姿勢を正す。横島は、顔を引きつらせながら大きく首を縦に振ることしかできなかった。
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