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高校2年冬:回想(1)
 日の光がさんさんと降り注ぐ昼休み。ピートから奪い取った弁当を食べた横島は、屋上で横になっていた。
「静かだなぁ……」
 横島はひとりごちる。屋上には、横島がひとり居るだけであった。校庭から風に乗って流れ聞こえる笑い声が、否が応でも屋上の静けさを強調する。
 流れる雲をぼーっと眺めながら、横島は夕べのことを思い出す。
「独立、か……」
 令子の口から発せられた、横島にすれば想像もしなかった言葉。
「まぁ、確かにいつかはと思っていたけど……」
 その言葉と同時に変わり始めた、自分の立場。
「それが今だとは思わなかったなぁ……」

「独立、ですか?」
 横島は一瞬、令子の言葉が理解できなかった。と言うよりも、令子の口から独立なんて言葉が出てくることすら想像していなかった。
 令子にとって横島は経費節減の要である。
 一般的なゴーストスイーパーはさまざまなオカルトアイテムを駆使するが、そのオカルトアイテムは非常に高価である。除霊料金が高価なのは、オカルトアイテムというコストがかなりの割合で占めているためと言っても良い。そのため、除霊内容によっては報酬金額を上回るオカルトアイテムをつぎ込むことがあり、結果として赤字になることも珍しいことではない。
 しかし横島は、人の身には珍しい霊波刀を用い、万能の霊具とも言われる文珠をも作り出す。横島は己の能力だけで除霊を行うことのできる希有な存在であった。そしてそれは、除霊にオカルトアイテムのコストがほとんどかからず、結果報酬金額がほぼ全額収入とすることを可能とする。
 現在の美神除霊事務所の売り上げは、良くも悪くも横島の能力によるところが大きいのである。
 そのために、横島は令子が独立なんていう言葉を持ち出すとは想像もしていなかった。故の、青天の霹靂。
 もっともそれだけではなく、横島自身もこの先もずっと美神除霊事務所の一員であると思っていたことも大きい。根拠もなくただ漠然とではあるが、そう思っていた。そのため、独立という言葉は、卒業以上に想像しなかった言葉であった。
 もっとも、横島とて独立という言葉に憧れがないわけではない。
 確かにゴーストスイーパー試験にさえ通れば、すぐにでも独立したゴーストスイーパーになれるものと横島は思っていたこともある。しかし、それは間違いだとすぐに悟る。
 霊力はゴーストスイーパーの必要条件でしかない。大切なのはその先、つまりはゴーストスイーパーという仕事を全うするための知識であり技量なのだ。令子にはそのための知識と技量があり、横島にはない。
 むろん皆無とは言わないが、それらは全て実践の中で身につけたものであるため、偏りも大きい。そのため、横島がはっきりと自信が持てるのは、経験だけであった。
 そんな自分に独立するだけの資格はあるのだろうかと、横島は考える。
「横島クン、いい?」
 そんな危惧を伝える横島に、令子は諭すように話しかける。
 横島の危惧は、令子も十分に想像できた。横島ほど極端ではないものの、誰にとってもいつか来た道なのだ。まして横島は、必要以上に自分を卑下する傾向にある。
「不安なのは分かるけどね。私もそうだったし」
「……そうなんですか?」
 横島は思わず令子の顔をまじまじと見つめる。横島が知っている令子は、世界でもトップクラスの実力と知識を誇る一流のゴーストスイーパーである。そして、唯我独尊の体現者でもあった。
 そんな令子にも、自分と同じような不安を抱えていた時期があったということは、想像の範囲外である。
 そんな横島に令子は言葉を続ける。
「大切なのは、するかしないか、なのよ」
「はぁ……」
「すると決めたら、あとはそのための手順を考えるだけ」
「はぁ……」
 横島は分かっているような分かっていないような返事を返す。たとえ令子にそう言われようとも、横島には不安しかない。その手順すら横島には想像がつかない。
「横島クンが知識不足なのは確かよ。私はもちろんのこと、おキヌちゃんにも劣るでしょうね」
 そんな横島を横目に、令子は話を続ける。
「でもね、それはあまり理由にならないのよ」
「そうすか?」
 令子の言葉は、横島にすれば予想外であった。
「知識というのは、ぶっちゃけて言えば後から付いてくるのよ。やっていく内に何とかなるものだし、何とかしなくちゃいけないの。私だって、毎日資料を開くようにしてるわ」
 そう言われて横島は、仕事がない日は令子が書斎に籠もっていることを思い出す。なるほど、あのときにいろいろな資料を読み漁っていたのかと、横島は改めて令子を感嘆の視線を向ける。
「横島クンの知識が偏っているのは仕方ないわ。本来なら、この手の知識は退魔・除霊を家業としているか、あるいは六道みたいな学校でもないと得られないから。うちはあくまでも実践の場でしかないからね。とは言え、横島クンは、経験は間違いなく豊富なの。それこそ、並のゴーストスイーパーよりは遙かにある。それは他にはないメリット。ならば、あとはそれを体系づけていくだけ」
「そういうものですか」
「そういうものよ。それにね」
 令子は一端言葉を区切ると横島の両ほほに手をあて、横島の顔を自らに向ける。令子の視線は、まっすぐに横島の瞳を射る。おゃらけることを許さない、真摯な瞳がそこにあった。
「これはチャンスと思いなさい。このチャンスを逃したら、たぶん2度目はないわ」
 令子の言葉に横島の表情が真剣なものへと変わる。
 それは確かにチャンスだった。そして、令子が提示するひとつの選択肢でもあった。
 令子の言葉は非常に単純である。令子は、今回の提案を断ったら、これから先も時給255円でこき使うと宣言したのだ。255円から逃れるのは、横島が事務所を辞めたときのみ。それは事実上、横島がゴーストスイーパー業界から足を洗うことを意味すると言っても過言ではないだろう。
 自然、横島は真剣にならざるを得なかった。

 令子の言葉をきっかけに、横島は思考の海へと落ち続ける。おキヌはそんな横島の前に湯飲みを置くと、お茶を煎れ始めた。その音が、横島を現実に引き戻す。
「横島さん、お茶ですよ」
「お、ありがとう、おキヌちゃん」
「台所にも聞こえましたけど、横島さん独立しちゃうんですか?」
 令子と、そして自分にもお茶を煎れたおキヌは、令子の隣に座る。
「それは横島クン次第ね」
「でも独立となると横島さん事務所辞めちゃうことになっちゃうでしょうし……」
 おキヌの言葉はもっともであるし、横島もまたそう思っていた。だが、令子から返ってきた言葉は2人の予想を裏切るものだった。
「必ずしもうちを辞める必要はないのよ」
「そうなんですか?」
「独立というのは、要は、一人前のゴーストスイーパーとして協会に登録され、直接仕事を請け負えるということ。つまり、このままうちにいてもいいし、事務所を構えてもかまわないの。あるいは、うちを横島クンとの合同経営という形にするということだってできるわ。この辺は、弁護士なんかのサムライ業と一緒ね」
 それに、とさらに続ける。
「どっちにしても、書類を出したからと言ってすぐに独立できるわけではないのよ。いろいろと手続きも必要なの」
「え、そうなんですか?」
 令子の言葉に、今度は横島が反応する。ゴーストスイーパーの独立開業に師匠筋の推薦状が必要なことは、横島も知っていた。
 だからこそ、令子が推薦状を書けばすぐに独立できるものだと横島は思っていた。
「大筋ではそうなんだけどね」
 令子が苦笑する。令子も、師匠である唐巣神父に推薦を受けるまでは、横島と同じように思っていたためである。
「私が出すのはあくまでも推薦状なの。協会での審議を経ないと、許可証は下りないのよ」
 へぇ〜〜〜と、横島とおキヌが初めて知ったという表情を見せる。
「もっとも、審議は形式的なものだから、推薦状出せば通るんだけどね」
 令子は言葉を続ける。
「ただ、形式的なものだけに、書類作成には時間がかかるのよ。協会からいろいろと書類を貰ってこないといけないし、内容に不備があっちゃいけないし。こっちが用意しなくちゃいけない書類もあるし。おまけに、審議にかかる時期も決まってるの。年2回、2月と8月ね。まぁ、書類の提出期限もあるから、実質1月末と7月末がリミットだけど。今度に出すのなら、7月末ね」
「お役所みたいですねぇ」
「お役所みたいじゃなくて、お役所そのものなのよ。まあ、仕方ないし、当たり前ではあるけど。だいたい、GS協会って、文科省の外郭団体よ」
「……なぜ文科省なんです?教育とか全く関係ないような気が……」
「その疑問はもっともね」
 令子は苦笑する。
「ほら、除霊スタイルって基本的に家伝だから。まぁ、伝統芸能みたいなものよ」
 それはさておき、と令子は言葉を続ける。
「審議が終わった後も面倒なのよ。なにせ研修も受けなくちゃいけないんだから。これがおそらく8月末か9月の初め頃。遅くとも9月の半ば頃ね」
 研修内容を思い出したのだろう、令子の声に疲れが混じった。そんな令子の声に、よほど大変な研修内容だったのだろうと横島は警戒する。
「1週間ぐらいなんだけどね。座学と実習があるの。要は、ゴーストスイーパーとしての心構えやら法律関係、事務手続き関係の解説やらの講習と、除霊スタイルを協会に登録するための実地よ」
「ああ、それは確かに……」
 横島にとっても辛い1週間であることは、確かなようであった。
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