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高校2年冬:事務所にて(1)
 美神除霊事務所。
 東京区部にあるこのゴーストスイーパー事務所は、日本でもトップクラスのゴーストスイーパー事務所と言われている。
 美神除霊事務所を訪れた者が一様に驚くのは、所長美神令子の容貌であった。モデルのような顔立ちとグラマラスなスタイル、そして腰まで届く緋色がかった長い髪。身に纏うは、そのスタイルを強調するかのような、目のやり場に困る身体にぴったりとした服装。何より、まだ「若い」というその事実。
 しかし令子は一流のゴーストスイーパーとして知られる。そしてそれだけの能力も実績もあった。
 まず、高校在学中にゴーストスイーパー試験首席合格という実績を上げている。令子はゴーストスイーパーの3割を占める六道女学院の出身者であるが、その六道女学院ですら在学中に試験合格者を出すことは稀である。首席ともなれば言わずもがなである。
 しかも事務所を立ち上げたのは、高校を卒業した年の4月である。事務所開設直後から難易度の高い除霊を数多くこなし、しかも『夢魔』ナイトメアや『ハーメルンの笛吹き』バイパーといった国連懸賞金の魔族をも打ち破っている。
 そもそも魔族と打ち合えるゴーストスイーパー自体が稀な存在である。そのことを考えれば、令子がどれほどのゴーストスイーパーであるかがわかろうというものである。
 そのために、令子は一流と呼ばれる。そうでなければ、単なる色物ゴーストスイーパーでとどまっていたであろう。
 そんなわけで令子が引き受ける除霊依頼は、依頼料は数千万から数億が相場であった。しかし、そんな美神除霊事務所では、現在は開店休業状態が続いている。
 その理由は非常に単純である。アシュタロス事件後、悪霊の発生がぴたりと止まってしまったためであった。もとより皆無とは言わないが、令子への依頼に繋がるほどの規模でもない。
 腕も一流だが依頼料も一流という美神除霊事務所は、鶏を割く牛刀のようなものであった。つまり、令子が出張るにはあまりにも大げさ過ぎると言わざるを得ない程度の霊障しか発生していない。そう言った意味では、だからこその開店休業と言うべきなのだろう。
 であるからして。

「最近ストレスが溜まって仕方ないわ……」
 令子は、どこか惚けたような表情を見せていた。その視線の向かう先は虚空。溜まっていた書類も全部片づけ、珍しく掃除もした。それ以上すべきことを、令子は思い浮かべることができなかった。。
 すべてが一流の美神除霊事務所である。依頼が無くとも事務所を維持していくだけの蓄えもまた、一流である。そうは言っても、することがないという状態が望ましいわけではない。そもそも、することがないと言うこと自体が、ストレスになる。
「……横島君でもしばこうかしら」
 横島は良く令子に対して覗きやらセクハラやらを行う。そのたびに令子は横島を派手に「躾ける」のだが、横島は懲りることなく覗き・セクハラをし続ける。
 だが最近横島は、そのようなことをしなくなっていた。そのため「躾ける」こともめっきりと減ってきている。そして令子は気づく。横島への「躾け」は、紛れもなく自分のストレス解消の手段であったことを。
「……ダメですよ美神さん。それじゃ横島さんがかわいそすぎます」
 夕飯の支度をしていたおキヌは、不穏なことを口走る令子に苦笑する。おキヌもまた、横島への「躾け」が令子のストレス解消の手段となっていたことに気づいている。だからといって、理由もなく「躾け」て良いわけではない。そもそも令子のストレスは、現在暇であることの一点に集約されている。
 だがしかし。
「だって暇なんだもん」
 まるで子供のような言い分ではあるが、令子ならばそれだけで実行しかねない。そう考えたおキヌは、急いで話題を切り替える。
「しかし、ほんと依頼がありませんね」
「そうなのよ。まあ、不自然と言えば不自然だから、そう長くは続かないと思うけど」
 髪の毛を指に絡ませながら令子は応える。
 悪霊とは、何も幽霊だけが原因ではない。人の想念が形をなして引き起こすこともある。
「ポルターガイストなんていうのはその代表例みたいなものだし、いつぞやのコンプレックスも、そんな奴だったでしょ?」
 妖怪コンプレックス。もてない男の想念が形をなした、ある意味どうしようもない出自を持つ妖怪。力自体は非常に弱いために、祓うこともまた非常に簡単である。一般には雑魚と分類されよう。
 しかし、「もてない男の想念」が根本原因であるだけに、祓ったところで完全には祓えきれるわけではない。しかも毎年必ず現れることが約束される。しかも現れる原因ははっきりしているにも関わらず、原因に対処しようがないという点で、困った存在でもあった。つまり妖怪コンプレックスは、人の集まるところに悪霊あり、を体現したような存在なのである。
「人が集まれば集まるほど、つまりは東京のような大都市であればあるほど、ああいう奴が出て来やすいのよ」
「それにも関わらず、まだ出てきていないのは、おかしいってことですよね」
 そう言いながらおキヌは人差し指を口元に持ってくる。
「アシュタロス事件で霊障が一気に祓われたのが原因で、だから近々大きな反動があるんじゃないかって、先生が言ってました」
 アシュタロス事件最終日は、世界規模で悪霊の活動が活発・強化されていた。普通の悪霊はもちろんのこと、祓われたはずの悪霊・妖怪・魔族までもが復活・強化されたのである。そしてアシュタロスの死後、強化された悪霊は一気に消滅した。アシュタロスの死に引きずられるような形で、悪霊もまた消滅したと考えられている。現在大きな霊障が起きていないのは、そのためではないかと言われている。
 しかし振り子は、大きく振れれば振れるほど、反対側にも同じぐらいに振れる。急速かつ過度な浄化は、同時に急速かつ過度な汚染を生み出しかねない。おそらく近々、あの事件ほどではないにせよ、悪霊の大量発生は再発する。
 その予想される大量発生を反動と呼ぶ。それは世界中のオカルト関係者に共通する危惧であった。
「まあ、私としてはお金になればそれでもいいのだけど」
 そう言うと、令子は再び椅子に深く腰をかけた。
「それでも、困ったことになるのだけは、勘弁だわ」

「オーナー。横島さんが参りました」
 渋鯖人工幽霊一号が横島の来訪を令子に報告する。その報告を受けた令子は、壁に掛かった時計に視線を遣った。なるほど、確かにそんな時間なのだと、令子は納得する。
 ドアをノックする音が聞こえた後、横島が挨拶をしながら入ってきた。
「あ、横島さんいらっしゃい」
 そんな横島に、おキヌが声をかける。
「お夕飯の支度、あと少しでできますからもう少し待ってて下さいね」
そう言うとおキヌは、スリッパをパタパタさせながら台所へと入っていった。
「しっかし毎日毎日よく来るわね、横島クン」
 呆れたような令子の声。しかし、それは令子の本心ではない。何だかんだ言って、令子も横島が来るのを楽しみにしている。横島もそのことを了承しているからこそ、来る。
「来たってお給料出さないわよ」
「わかってますって、美神さん」
 横島が、苦笑しながら返事をする。
「いやぁ、おキヌちゃんの料理が楽しみで楽しみで」
 それはまぎれもなくそうなのだろうと令子は思う。
 実際、横島のその言葉に嘘はない。呆れるほどに横島は食べる。どちらかと言えば上品ではなく下品で、しかもがっつくという言葉が似合う食べ方ではある。しかし、嬉しそうにおいしそうにも食べているため、おキヌにしても令子にしても、苦笑する以外にない。
 そして、考えてみれば当たり前なのだと令子は思う。横島がいくら色香に狂ったからとは言え、自分にセクハラまがいのことをしてきたからとは言え、何より当人が納得しているからとは言え、時給255円では、育ち盛りの食を賄いきれるはずがないのだ。故に事務所にいるときに限り、令子は横島にきちんとした食事を賄うことにしている。
 おキヌもまた、そんな横島を好ましく眺める。作った物を嬉しそうに、そしておいしそうに食べてくれるのは、冥利に尽きる。それはまだおキヌが幽霊だった時代、横島の家で食事を作っていた頃から変わっていない。
 暇だからこその平穏。いつまで続くか分からないけれども、今はただその雰囲気に身を任せる。平穏があるからこそ、また始まる日々もあることも知っているから。
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