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高校2年冬:事務所にて(2)
 横島がいつものごとくがっつくように食べて喉を詰まらせ、それを見たおキヌが慌ててお茶を手渡す。そんな2人の様子を令子は苦笑しながら見守る。そして。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
 三者三様の声と共に、食事が終わった。横島は皿を台所に下げ、おキヌは軽く汚れを落とした後に皿を食器洗い機に入れる。それもまた2人の日課であり、いつもの風景であった。非日常こそが日常であるゴーストスイーパー業界あって、何ものにも代え難い真の日常と言えるもの。
 だが、令子はその風景に少し波風を立てようと考える。いつまでも続くかのような風景であるからこそ、どこかで断ち切らないといけない。今の関係は確かに心地よいけれども、いつまでもいつまでも、そのままで良いというわけではない。令子も、横島も、おキヌも。特に横島は、事実上進級が決まったと聞く。なれば、特に。
 そろそろ良いタイミングなのだと、令子は考える。横島には1年後のことを考えて貰わないといけない。横島が何を考え、望んでいるのか知らないといけない。それ次第によっては、自分が考えた道を、横島に提示しよう。
 そう考えた令子は、片づけが一段落ついた横島を呼ぶ。
「横島クン、ちょっといいかしら」
 そして口を開く。
「大事な話があるの」

 令子に呼ばれた横島は、令子に促されるまま椅子に座る。座った場所は、必然的に令子の真向かいになる。そして雇い主は、基本的に仕事でしか見せない真剣な表情を見せていた。
 そんな令子を見て横島は、これはもしかしてすごくシリアスな話かと思う。だが、令子が自分に対して真剣な表情を見せる理由が、横島には全く思い浮かばなかった。あるとすれば、進退問題、つまりはクビか正社員化か時給の値上げであろう。しかし、横島には令子がそのいずれかを切り出すとは思えなかった。
 確かに令子が真剣な表情を見せる時はあるし、実際に横島がその表情を見ることも多い。だが、令子が真剣な表情を見せる相手は、基本的に仕事に対してであって、決して横島に対してではない。
 だから横島は、とりあえずいつもの行動に出てみた。
「大事な話……って、もしや愛の告……」
「んなわけないでしょっ!」
 いつも通りの言葉を吐きながら自分に飛びかかってくる横島を、令子は例によって物理的に制止した。ひとしきり横島を「躾け」た後、令子は再度横島を座らせる。
「あんたは全くもう……」
「いやぁ、何かシリアスそうな話だったから、つい……」
 そう言いながらあっけらかんと笑う横島に、令子はやれやれとため息をつく。横島の言動はいつものこととは言え、これによって調子が崩されるのも事実であった。
「美神さんなんかすごく真剣な表情してたし、そんな表情される心当たりはないし、あるとすれば、やはり愛の告白ぐらいしか思い浮かばないですし」
 そんな横島の言葉に、まぁしかたないかと令子は再び嘆息する。令子が横島に真剣な表情をあまり向けないのは、確かに事実だったのだから。だが嘆息ばかりではしかたないので、ひとまず話を進める。
「さっきも聞いたけど、進級、決まったんですって? 取り敢えずおめでとうと言っておくわ」
「まだ仮ですけどね。無遅刻無欠席無早退はいいとして、まだ赤点対策が残っていますから」
「それも何とかなるわよ」
「そうですね。それに何とかしないとお袋が……」
 横島の眼がふと遠くを見つめる。しかも何らかの恐怖を想像してしまったのだろう、脂汗をかきながら震え始めた。
「確かにねぇ……」
 令子また、『万が一』の時の横島の様子が見て取れた。横島の母、百合子は気合いだけで令子の霊圧に対抗する女性である。しかも、あの横島の親であり、あの夫の手綱を握ってきた妻なのだ。その凄まじさたるや、自分の比ではあるまいと、令子は思う。百合子が事務所に来たあの日の出来事は、令子にもトラウマを残した程である。百合子は、令子にとって母美智恵並に苦手な相手であった。
 百合子のことを思い出すうち、令子にもまた怖い何かが蘇る。令子は慌てて頭を振って、その怖い想像を追い出した。
「お母様のことはひとまず置いておいて……取り敢えず進級できるものとして話をするわよ」
 令子は、いまだ恐怖の想像に囚われている横島を現実に引き戻す。
「卒業後はどうするの?」

 卒業。その一言は、横島を現実に引き戻させるに十分であった。
 3年次進級を仮決定させただけの横島にとって、それは想像の範囲外の言葉である。しかし、3年次進級が事実上現実のものとなった以上、真正面から見据えなくてはならない言葉でもあった。
「1年なんてあっという間よ。卒業なんてもうすぐそこなんだから」
 令子の言葉に横島はうなずく。確かに、過ぎ去ってみればあっという間だったと言う他ないだろう。時間の実感的な流れは、想像している以上に速い。
「それに、卒業できなかったら、また怖いことになるでしょう?」
 ふふふと嫌な笑い声を出す令子に、横島は目が虚ろになり、再び恐怖の想像に囚われる。
「でもまあ、しばらくはそれなりに学校に行けるでしょ。仕事がなくても当面は平気でしょうし」
 令子の言葉に横島は再び現実に戻る。
 確かに、令子の言葉通りであった。実のところ横島は、しばらくどころか一生仕事をしなくても生活できるほどの経済力を手に入れている。アシュタロス事件解決の立役者である横島は、その功績に見合うだけの報酬をオカルトGメンなどから得ていた。その額、実に億単位である。
 もっとも現在は、横島の手元には報酬の数パーセントが手元にあるに過ぎない。横島の報酬は原則として美智恵預かりになっており、当面の生活費のみが横島に手渡されていたためである。
  なお、報酬とその処置については横島の両親も知っており、両親から美智恵に委託されていることも付け加えておく。横島の両親はその尋常ならざる人脈を駆使して、アシュタロス事件の顛末を入手していた。
 その入手に際しては、日本に残してきた息子の生活状況に関する調査も必然的に含まれる。結果、両親はあまりにも法外と言える息子の待遇のことを知った。もっとも、だからと言って雇い主に対してどうのこうの言う気はさらさら無かったものの、特に百合子は来日したときのこともあって令子への印象を低くしている。
 横島の両親が美智恵と会ったのは、そんな時であった。責任者の口から事の顛末とその後の後始末について聞いた両親は、改めて美智恵に息子のことを頼んだのである。
 ただし、このことは横島も令子も知らない。横島と令子が知っているのは、横島の報酬は基本的に美智恵が預かっているということだけである。
「綺麗な嫁さんもらって、退廃的な生活を送ることが夢だったんですけどねぇ」
 そう言いながら横島は遠くを見る。そんな言葉に、いかにも彼らしい夢だと令子は苦笑する。とは言うものの、かつては単なる寝言でしかなかったそれは、しかし今ならば簡単に現実になり得る。
「でも、それだけじゃ何かがいけないって思うようになりまして」
 その言葉に令子は思わず横島を見つめる。
「何かって?」
「それがわからんのですよ……」
 横島はもどかしそうに言った。何かをしなくてはと横島は思う。しかし、何をしていいのかは分からなかった。だがそれは、ある意味刹那的に生きてきた横島が持ち始めた、未来への希望でもあった。
 そんな横島を見て、気のせいでも何でもなく、横島は確かに変わったのだと令子は改めて実感する。変わったのは横島だけではないのだろう、令子自身もいろいろ変わったと実感している。
 例えば令子は、お金が大好きである。そして令子は、霊能力というさほど一般的ではない能力を持っている。そしてゴーストスイーパーは、危険こそ大きいものの、一夜にして莫大な金額を得ることのできる職業である。
 だからこそ、令子はゴーストスイーパーという職に就いたと言っても過言ではない。ゴーストスイーパーこそが、自分の才能を適切に売ることのできる商売なのだと知っているからこその選択であった。
 だが、アシュタロス事件後の現在、お金に対する執着心はかつてほどではないことにも令子は気づいていた。
 特に横島には“彼女”のこともある。なおのこと変わらざるを得ないし、むしろ変わらない方がおかしいのだ。
 ならば、やはり今日言うべきことであろう。これは横島にとってひとつの選択肢になるはず。そのように考えをまとめると、令子はおもむろに口を開く。
「横島クン、独立しなさい」
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